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『再生』 草太ブログ 2020.3.11 No.81

こんばんは、草太です。

今回の記事は「津波」や「震災」というワードが出てきますので心苦しい方はご遠慮いただきますようお願い致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は、3月11日。東日本大震災から9年が経ちました。

今こうやってブログを書いているちょうど9年前はとんでもないことになっていたなんて、正直に言うと考えられないです。

当時、僕は中学生で生徒会役員をしていたので卒業式の打ち合わせを体育館で先生方としていたはずです。放課後です。

まだ携帯電話も持っていませんから、「揺れた!」という実感があるだけでした。結構揺れた気がします。

一旦、先生方と残っていた数名の生徒たちで玄関前に避難し、ソワソワと話をしていたような。

先生の中には、「食器棚どうなってるかな…」「あー、うちの本棚が…帰ったら片付け大変だ」みたいな話をしていた方もいました。

その日はそのまま下校する流れになりました。

たしか当時の生徒会長と途中まで一緒に歩いて帰りました。ヒビのはいったコンクリート舗装の道を歩きながら、「このヒビもさっきの地震で出来たんだべ?!」って冗談半分で話しながら帰りました。

自宅に帰ると、茶の間のテレビにニュース画面が。

度重なる余震の中、その画面には紫色や赤色に囲まれた東北地方の地図が映し出されていました。

「大津波警報」です。叫ぶアナウンサーの方々。画面越しに見守ることしかできない僕たち。

そして到達。

画面越しに見えるその波は、まるで机にこぼれたコーヒーのように軽々と地面を這い、車をまるでおもちゃのミニカーのように転がし、家すらも一瞬で飲み込んでしまいました。軽々と。

映画を見ているかのような映像でした。しかし現実でした。

僕のご先祖様のお墓は栃木県にあると聞いたことがあります。宮城県石巻市に遠い親戚がいるという話も聞いたことがあります。

全然遠い土地じゃない、すぐそこで災害は起きました。

 

9年かかっても未だに再生の途中です。

再び生きると書いて再生です。

この震災で失ったものはとてもとても多く、悲しみは絶えませんが、

この震災がきっかけで、僕たちは一年に一度、全員で失ったものの大きさに気づき、日常があることのありがたみを再確認するようになりました。

この習慣はいつまでも残していく必要があります。

そして、自分たちの生活に活かしていく必要があります。

 

自分には一体何ができるのか、今一度考えていきましょう。

 

 

昨今のウイルスによって、SANESTも存続が非常に危ぶまれています。

お店の再生に向けて僕にできることを一つ考えたので、早くて明日、皆様にお知らせいたします。

SANESTホームページの『NEWS』にてお知らせ致しますので、少々お待ちください。

 

それではみなさん、おやすみなさい。

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