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『お金のこと考えていたら、いつのまにか幸せについて考えていた』 草太ブログ 2019.12.25 No.44

こんばんは、草太です。

神っていうワードが出てきますが、宗教的な批判とかは一切ないです。あくまでふとした考えの断片です。

ではどうぞ。

 

 

僕は、たまに人にご飯を奢ってもらったりします。逆に、奢ってあげることもあります。

誰かにお金を払ってもらわなきゃいけない場合もあります。

「スイマセン…今財布の中全然入ってないんですけど良いですか…?」みたいな話も良く耳に入ってきます。

 

こういう経験を思い出して、ふと考えたんですが、

もしも、世界一のお金持ちと世界一の貧乏者が対面した時、

お金持ちは、自分の富を分け与えるでしょうか。

与えるとして、どのくらい与えるでしょうか。

与えないとして、何故与えないんでしょうか。

 

じゃあ世界で100番目のお金持ちと100番目の貧乏者を会わせたらどうでしょう。

富を分け与えるでしょうか。

「お前は自分の分でどうにかすれ。」ってなるでしょうか。

 

じゃあ、僕がもし僕より貧乏な人を見つけた時、

僕は富を分け与えるんでしょうか。

んー。たぶん「俺もきついんだよね」って言って断っちゃうな。

っていうか、ほとんどの人が多分僕と同じ。

 

 

ここでもう一つ例え話。

もし、世界中のお金を一人の男が持っていたらどうなるんだろう。

 

男は何をするにもその巨大な財産から支払えば済む。困ることなく。

そして、人々はこの男に富を分けてもらうためにいろんな行動をするんだと思う。

最初は「あの男が、これやったらお金くれるって言ってた!」という情報をもとに行動し、

だんだん「きっとこうするとあの男は喜んでお金を分けてくれるだろう!」と推測して行動するようになる。

 

これって「お経を唱えていれば極楽浄土に行けるらしい」とか「善い行いを続けていればきっと僕は救われる」みたいなのに似てません?

特に共感は求めないですが、僕はそう感じました。実体があろうがなかろうが、人々が行動してしまう力です。

 

もしそうだとすると、僕たちは普段から「神の力」ともいえる可能性を秘めた「お金」というものを扱っていることになりますよね。

僕たちの財布に入っているお金を使って、この世の中をぐるぐる回そうとしている人がいるかもしれません。

こんなものに執着していられないっていう気持ちになってきます。

 

本来は人間ってこんなものに振り回されることなく幸せになれるような気がするんです。

誰しもがとっても納得する方法で、誰しもが幸せになれる方法がある気がするんです。

それをもうしばらく考え込んでみたいと思います。

 

メリークリスマス。

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